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ドラマ「新聞記者」、赤木さんの了承得ずに制作、当事者の望月記者は「回答拒否」

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画像:theenvoyweb

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ネットフリックス上で配信されているドラマ「新聞記者」の制作過程で、自殺した近畿財務局職員・赤木俊夫さんの妻、赤木雅子さんと制作陣の間でトラブルが起きていたと週刊文春が26日、報じた。

週刊文春によると、「新聞記者」制作に向け、赤木さんはプロデューサーを含めた制作側との間で話し合いを行ったが、「真実を歪められかねない」と判断し、協力を拒否したという。だが、制作側は赤木さんの要望に反し、撮影を進めた。

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週刊文春

発端は、2020年3月、赤木雅子さんが相澤冬樹氏(フリー記者)に亡くなった夫の遺書を託し、それが公表されたことだった。直後、それを読んだ望月記者が赤木さんの自宅に感想をしたためた手紙を送付。そこに河村氏の手紙も同封していたことからすべては始まった。

ドラマ版「新聞記者」制作に向けた最初の話し合いは、2020年5月下旬に望月記者と河村氏、赤木雅子さんの3者で、Zoom上で行われた。だが赤木俊夫さんを診ていた精神科医に責任があるかのような河村氏の物言いなど、いくつかの点に不信感を抱いた赤木さんは“財務省に散々真実を歪められてきたのに、また真実を歪められかねない”と協力を拒否。

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その後、同年8月10日に再度話し合いが行われたが、そこでも設定などを巡って溝が埋まらなかった。河村氏は赤木さんに、「どうしても気になる設定があれば変えられます」「脚本をある段階でお見せして、そちらが納得できるようにします」などと提案したが、結局それらは履行されなかった。その後、「あくまでフィクション」なので、赤木さん側の要望をほぼ受け入れずに制作を進めることが一方的にメールで通告されたという。

そして、すべての撮影が終わって配信を待つばかりとなった昨年12月27日に、河村氏は赤木さんと相澤氏と都内で会談を持った。そこで、開口一番、河村氏はこう謝罪したという。

「言い訳にしか聞こえないと思いますが、お詫びしなければいけないと思っていまして、どうお詫びするかずっと考えていました」

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この件の発端をつくった望月記者は会談の場にいなかった。赤木さんは「夫と私は大きな組織に人生を滅茶苦茶にされたけれど、今、あの時と同じ気持ちです。ドラマ版のあらすじを見たら私たちの現実そのままじゃないですか。だいたい最初は望月さんの紹介でお会いしたのだから、すべてのきっかけは彼女です。なぜ彼女はこの場に来ないのですか」と質問。

河村氏はこう返答したという。

「望月さんには何度も同席するよう頼んだんですが、『会社の上層部に、もう一切かかわるなと止められている』と」

週刊文春は望月記者に話を聞こうと、同氏の自宅に訪問。インターホンを押すと「はい」と応答したものの、「週刊文春」と名乗ったとたんに切られ、あとは一切の応答なしという結果に。電話をしても手紙を置いても回答はなっかたという。

以下、ネット上の反応。

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